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東京高等裁判所 昭和55年(ネ)2948号 判決

控訴人

田所京子

右法定代理人親権者父

田所正照

同母

田所保代

控訴人

田所正照

控訴人

田所保代

右三名訴訟代理人弁護士

山本忠義

泉信吾

伊藤茂昭

寺島秀昭

同訴訟復代理人弁護士

藤川元

木村政綱

中原俊明

被控訴人

草刈一洋

右訴訟代理人弁護士

舟橋功一

磯部静夫

右訴訟復代理人弁護士

野口忠彦

主文

一  原判決中控訴人田所京子の請求に関する部分を取り消す。

被控訴人は、控訴人田所京子に対し金七二六二万八四四一円及びこれに対する昭和四八年九月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

同控訴人のその余の請求を棄却する。

二  原判決中、控訴人田所正照及び同田所保代の各請求のうち金五五〇万円の支払請求及びこれに関する付帯請求を棄却した部分を取り消す。

被控訴人は、控訴人田所正照及び同田所保代に対し、それぞれ金五五〇万円及びこれに対する昭和四八年九月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

右控訴人両名のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は第一、二審を通じてこれを三分し、その一を控訴人らの、その余を被控訴人の各負担とする。

四  この判決は、金員の支払いを命ずる部分に限り仮に執行することができる。

事実

〔申立て〕

〈控訴人ら〉

「原判決を取り消す。被控訴人は、控訴人田所京子に対し金一億二八三六万一六九八円及びこれに対する昭和四八年九月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を、被控訴人田所正照及び同田所保代に対しそれぞれ金八五〇万円及びこれに対する前同日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求める(当審において請求を拡張)。

〈被控訴人〉

「本件控訴を棄却する。控訴人らが当審において拡張した請求を棄却する。」との判決を求める。

〔主張〕

次のとおり訂正するほか、原判決摘示のとおりである。

(一)  原判決三枚目表七行目の「原告正照」から八行目の「親権者として」までを「控訴人保代が分娩した場合における出生児の親権者として控訴人正照及び同保代と被控訴人との間において」と、同裏三行目の「分娩したが、」を「分娩した。」と、四行目の「であるところ、」を「であったが、右は」とそれぞれ改める。

(二)  同四枚目裏二行目の「脳性小児麻痺となり、」を「脳性麻痺となつた。」と改め、四行目の「不随であり、」の次に「食事、排便、排尿、着替えなどを一人ですることができず、」を加え、八行目の「皆無であり」を「皆無であるが」と改め、九行目の「小児」を削る。

(三)  同五枚目表三行目の「債務不履行」の次に「又は過失」を加え、七行目の「これは」を「右分類は」と、八行目の「よつてなされ」を「よるもので」とそれぞれ改め、同裏六行目の「機能を有し、」の次に「例えば」を加える。

(四)  同六枚目表三行目から四行目にかけての括弧内を「右例示の場合なら抗B抗体と称される。」と、七行目から八行目にかけての「B型血液型である原告京子の血液が右O型血液に接触する」を「B型である控訴人京子の血液が母体内のO型血液に接触する」と、末行の「右赤血球の破壊にとどまらず」を「右母体血と触れた赤血球を破壊するにとどまらず」と、同裏六行目の「次第に進行し、」を「これが進行すると」と、一〇行目の「右のABO型」を「右のような」とそれぞれ改める。

(五)  同七枚目表二行目の「可及的」を「なるべく」と改め、八行目の「前記1の」から一〇行目の「更に」までを削り、同行の「同原告」を「控訴人京子」と改め、同裏一行目の「出生前後」の次に「に」を加え、五行目の「事例を」から六行目の「このような場合」までを「ことを告げていたのであるから」と改める。

(六)  同八枚目表一行目の「実施すべきであり、」の次に「また、」を加え、二行目の「可及的」を「なるべく」と、同裏二行目の「時期を逸した」から三行目の「得ることができず」までを「血液交換手術の時機を失せしめた。その結果」とそれぞれ改め、六行目の「小児」を削り、七行目から八行目にかけての「債務不履行」の次に「又は過失」を加える。

(七)  同九枚目表一行目の「原告京子」の次に「(現在一三歳)」を加え、「小児」を削り、二行目の「喪失した。右障害がなければ、同控訴人は」と、三行目の「六三歳」を「六七歳」と、四行目の「四六年間」を「五〇年間」と、四行目から五行目にかけての「八四万五三〇〇円」を「二一八万七九〇〇円」と、五行目の「ホフマン」を「ライプニッツ」と六行目の「一九八九万三〇三六円」を「三一一四万六二八八円」と、九行目の「七四歳まで七三年間」を「80.18歳まで」と、末行の「有料の場合少なくとも一か月金一〇万円は」を「一日当たり六〇〇〇円を」とそれぞれ改める。

(八)  同九枚目裏一、二行目の全部を次のとおり改め、四行目から五行目にかけての「一〇〇〇万円」を「二〇〇〇万円」と改める。

「右看護料の額は、次の計算により合計七一二一万五四一〇円になる。

イ  昭和六一年一二月末日までの看護料(四八四七日分) 二九〇八万二〇〇〇円  6000×4847=29,082,000

ロ  昭和六二年一月一日から死亡までの看護料(六七年間) 四二一三万三四一〇円   6000×365×19.2390=42,133,410」

(九)  同一〇枚目表一行目の「委任し、」から二行目の末尾までを「委任したが、その費用は、損害額の約一〇パーセントに当たる一三〇〇万円をもつて相当とし、内六〇〇万円を控訴人京子が、三五〇万円ずつを控訴人正照及び同保代が負担すべきである。」と改め、四行目の「債務不履行」の次に「又は不法行為」を加え、五行目の「六九八一万一五九六円」を「一億二八三六万一六九八円」と、七行目の「訴状送達の日の翌日である昭和四九年一一月二九日」を「債務不履行又は不法行為の日である昭和四八年九月二一日」とそれぞれ改める。

(一〇)  同一一枚目表二行目及び四行目の「小児」、同一二枚目裏八行目の「万一の場合を慮り、」をそれぞれ削り、九行目の「精密な診察」の次に「を受けるため」を加え、同行から次行にかけての「実施をも考え」を「実施にも備えて」と改める。

(一一)  同一三枚目裏四行目の「受け、」を「受けた。」と、同一四枚目表七行目の「減退嘔吐」を「減退、嘔吐」と、同裏八行目の「同黄疸の」を「溶血性疾患に伴う前記のような」と、同一五枚目表三行目の「時期」を「時機」とそれぞれ改め、同一五枚目表六行目の「債務不履行」の次に「及び不法行為による」を加える。

〔証拠〕〈省略〉

理由

一被控訴人が肩書住所で産婦人科医院を経営する医師であること、控訴人保代が昭和四八年九月一五日被控訴人医院に入院し、同月一六日控訴人京子が分娩したこと、控訴人京子が同月二一日転医のため被控訴人医院を退院し、即日交換輸血手術を受けたが結局核黄疸による脳性麻痺になつたことは、当事者間に争いがなく、控訴人京子が控訴人正照と控訴人保代との間の子であることは記録上明らかである。

二〈証拠〉によれば、次の事実を認めることができる。

1  控訴人正照の血液型はB型、控訴人保代の血液型はO型、控訴人京子の血液型はB型である。

2  控訴人京子は控訴人正照と同保代との間の第二子であるが、第一子の長女(昭和四五年一月二四日生)は出生時に黄疸が強く、生後五日目に交換輸血手術を受けた(ただし、右黄疸の原因については、控訴人保代は医師からABO式血液型不適合によるものだと告げられたと述べ、被控訴人は後日当該手術をした病院に問い合わせてこれを否定する回答を得たと述べていて、いずれとも断定することができない。)。控訴人保代は、このような経験から、第二子を分娩するにあたつて核黄疸を懸念し、右事実を被控訴人に告げて特に配慮を求めた。これに対し被控訴人は、黄疸が強いようなら検査会社に検査を依頼する、交換輸血が必要な場合には施設のある病院に依頼すると答えた。出産直前の昭和四八年九月一二日、被控訴人は控訴人保代の血液を採取して検査会社にクームステストを依頼し、陰性である旨の回答を得た。

3  分娩の予定日は同年一〇月五日であり、控訴人京子はこれより約三週間早く前記のとおり同年九月一六日(以下、日のみを挙示する場合はすべて昭和四八年九月の日を指す。)の午前一時過ぎに生まれたが、体重三一〇〇グラムで、出生に際して格別の異状はなかつた(この点は当事者間に争いがない。)。

4  一八日夕方控訴人京子には黄疸が認められた(控訴人保代は、黄疸の発生が認められたのは同人が初めて授乳をした同日朝のことである旨供述するが、授乳開始の時期については看護記録(乙第四号証)に一九日である旨の記載があり、これを疑うに足りる証拠もないので右のとおり認める。)。被控訴人はこれを軽度の生理的黄疸と認め、ぶどう糖、ビタミンB1、ビタミンC、アギフトールを投与した。

5  一九日午後二時過ぎ被控訴人は控訴人京子のイクテロメーター値(以下「イ値」という。)の測定を行つたところ、3.5であつた。被控訴人は依然として生理的黄疸であると判断し、午前と午後に前日と同様の投薬をした。同日初めて控訴人保代が授乳を行い、控訴人京子は母乳は一度しか飲まなかつたがミルクは正常に飲んだ。被控訴人はこの日午前と午後に各一回控訴人京子の様子を見たのみであつた。

なお、被控訴人が作成したカルテである乙第三号証には、同日の部分に、一般状態が良好である旨及び筋緊張は正常であり嗜眼性は認められない旨の記載がある。しかし、これらの記載は、その体裁から見て、後から書き加えられたものであることが明らかであるところ、カルテが往々多忙な医療行為の間に書かれるものであることを考慮すれば、これに後日の加筆をすること自体を一概に非難することはできないが、本件のように医療行為の適否をめぐつて紛争が生じている場合、このように加筆された部分の信ぴよう性は劣るものといわざるを得ない。殊に、上記加筆部分の内容は、要するに控訴人京子に異状がなかつたということを意味するのであつて、通常カルテに記載されることの少ない事柄であることからいつても、右記載があることから、当時被控訴人がこれら事項のチェックをしたことを積極的に認定することはできない(ここでこの点に触れるのは、次の二〇日の分のカルテの記載の信ぴよう性に関係するからであつて、被控訴人が一九日にこれらのチェックをしなかつたと断定するわけではない。)。

6  二〇日には、被控訴人は医院を休診にし、少なくとも日中は不在であつた。

前記カルテの同日の部分には、午前八時三〇分にイ値が3.5弱であつた旨、午前九時に前日と同様の注射をした旨、嗜眼性、筋緊張低下はいずれも認められず、よく泣き、よく哺乳しており、一般状態に変わりはない旨、午後七時三〇分現在モール反射が認められ、落陽現象は認められない旨、午後八時現在筋緊張が認められ、黄疸の範囲は顔、躯幹、上腕、大腿であり、イ値は四である旨及び明日の国立埼玉病院への転入院を両親に勧告した旨及びその他投薬に関する事項の記載がある。

しかしながら、右のうち午前中のイ値の測定及び嗜眼性等に関する記載は、前記一九日の分の一般状態等に関する記載と同様その体裁から見て後から加筆されたものと認められ、信ぴよう性に乏しく、午後七時三〇分以降についての記載も、次の理由でたやすく信用することができない。

すなわち、被控訴人は、原審における本人尋問において、二〇日の午後七時ころ帰宅し、控訴人京子のイ値を測定したところ、四であり、黄疸が強まつていたので、プラハの第一期の症状(プラハによる進行段階の分類については後述する。)は見られなかつたが、第一子の出産のときのこともあるので被控訴人保代に転医を勧め、更に控訴人ら宅に電話をかけて控訴人正照に対し明朝控訴人京子を国立埼玉病院へ連れて行くよう連絡したと供述し、原審証人橋本マキ子も、前後一貫してはいないがこれに副う供述をする。しかし、〈証拠〉によれば、控訴人保代は翌朝早く婦長の橋本から初めて転医の話を聞かされ、また、バスの運転手である控訴人正照は二一日午前六時過ぎ早番の勤務のため東京都内の勤務先に出勤してから控訴人保代からの電話で転医のことを知り、急きよ休暇を取つて被控訴人医院に赴いたことが認められ、この事実からすると、被控訴人及び橋本の前記供述は措信することができない。そして、被控訴人が右のように翌朝になつて急に転医を言い出したこと、後記のとおり翌日正午ころにはプラハの第二期の症状が生じていたこと及び被控訴人らがことさら右のような事実に反する供述をしていることに照らせば、被控訴人は二〇日の夜は控訴人京子を診察していない公算が大である。

7  二一日朝控訴人京子を診察した被控訴人は、同控訴人の黄疸が次第に強まつており、交換輸血の必要があるかも知れないと判断し、国立埼玉病院への転院を控訴人保代に勧めて承諾を得た。午前八時三〇分ころ控訴人京子は婦長の橋本と控訴人正照に付き添われて被控訴人医院を出発し、和光市の国立埼玉病院に赴いた。その際被控訴人は橋本に同病院小児科の黒部医師に宛てた紹介状(交換輸血の必要があるかも知れない旨記載したもの)を持たせたが、同病院に電話をかけたものの、黒部医師はまだ出勤していなかつたので、後でもう一度連絡するつもりで電話を切り、そのまま同医師に連絡するのを失念した。控訴人京子らは午前一〇時前に国立埼玉病院に着き、被控訴人の紹介状を提出して診察を待つたが、被控訴人から黒部医師に対し直接に連絡しなかつたため、午前一一時三〇分ころまで待たされた。同医師は、診察の結果控訴人京子はプラハの第二期の症状を呈していると認めたが、人手も足りず、病室の空きもなく、輸血の準備にも時間を要すると思われたので、控訴人正照に対し交換輸血は必要だと思うが同病院では実施できないと告げた。そこで控訴人正照は同医師に他の病院に紹介してくれるよう懇請し、都立豊島病院を紹介されて午後二時ころ同病院に到着した。控訴人京子は、同病院で更に検査のうえ(イ値五、血清ビリルビン値は一デシリットル中27.5ミリグラムであつた。)午後五時過ぎからと翌二二日の二回交換輸血手術を受けた。同控訴人の疾患はABO式血液型不適合に基づく新生児溶血性疾患(重症黄疸)と診断された。

8  右手術によつて控訴人京子の血清ビリルビン値は低下したが、結局同控訴人は核黄疸による脳性麻痺を免れることができなかつた。現在首すわり不可、移動(寝返り、四つん這い、歩行)不能、座位不能、上下肢の不随意運動、体の変形拘縮のある第一級の身体障害者であり、知能の発育も阻害されて実用的な言語機能をほとんど有せず、食事その他日常生活の全面にわたつて介助を必要とする状態にある。

三〈証拠〉を総合すると、新生児溶血性疾患について次の各事項を認めることができる。

1  原因

新生児溶血性疾患は、母と新生児との間にRh式血液型不適合が存する場合とABO式血液型不適合が存する場合に生じ、後者の大部分(約九〇パーセント)は、母親の血液型がO型である場合に生ずる。疾患の原因は、胎盤を通じての新生児の血液との接触により母体内に形成された抗体が胎児の体内に侵入してその血球を崩壊させ、これによつて異常に増加したビリルビンが脳基底核等を侵していわゆる核黄疸を発生させ、脳性麻痺を招くものと考えられている。

しかし、母子間のABO式血液型不適合自体はきわめてありふれた事象であり、そのうち溶血性疾患に至る確率がどれほどであるかについては報告者によつて見解がまちまちであるが、わが国の場合、概ね0.5パーセント前後(全出産中の約0.1パーセント)と見る見解が有力のようである。発症は種々の生理的条件によつて左右されるものと考えられるが、そのメカニズムは十分解明されておらず、母の血液型がO型であるということ以外には、出産前に発生を予知する手掛かりはなく、黄疸発生後の状況によつて対処するほかはない。

2  診断と治療

ABO式血液型不適合による溶血性疾患の診断方法としては(これも絶対的な確実性を有するとはいえないが)血清中のビリルビン値の測定が最も重視される。成熟児の場合、血清中ビリルビンの正常値は一デシリットル中(以下ビリルビン値をいうときは、常に一デシリットル中の量の意味である。)一五ミリグラム以下であるが、二〇ないし二五ミリグラムで交換輸血適応とされる。しかし、開業医でビリルビン値の測定装置を持つている者は(特に昭和四八年当時は)少なく、検査会社の検査に頼るのが普通であつた。開業医等が自分で行える簡便な検査方法としてイクテロメーターによるイ値の測定があり、これは黄疸の現れた皮膚の色調を一定の方法で読み取り、数値化するものであつて、このイ値と血清ビリルビン値との相関関係は、平均的にはイ値五が血清ビリルビン値二〇ミリグラムに相当するが、イ値の出方には個人差が大きいためこれを過信すべきではなく、あくまでも血清ビリルビン測定の要否の一応の目安として利用すべきものとされ、一般にはイ値3.5ないし4に達したら血清ビリルビン値を測定すべきだと言われている。

なお、新生児溶血性疾患の進行段階については、昭和三六年に発表されたプラハの段階分類がひろく紹介されており、それによると第一期は筋緊張低下、嗜眠、吸啜反射減弱の見られる時期(一、二日)、第二期は痙性症状、発熱の見られる時期(一、二週)、第三期は右症状の減退期、第四期は恒久的な脳障害の見られる時期であるが、右第一期の症状が認められるときは血清ビリルビン値のいかんにかかわりなく直ちに交換輸血を行う必要があり、第二期に入つてから交換輸血を行つても好結果を得ることは困難である。そのうえ、右第二期の症状の判定が容易であるが、第一期の症状は見落とされ易いものであるため、イ値、血清ビリルビン値が普通より高い場合には二、三時間置きに新生児を観察する必要があるとされる。

母血清中の一価抗体価を調べるのが予測上有効だとする見解もあるが、一般には必ずしも支持されていない。クームステストは、Rh式血液型不適合による疾患の予測には有効だが、ABO式血液型不適合の場合にはほとんど実効がない。

新生児溶血性疾患における顕著な特徴は、黄疸が生後二四時間ないし三六時間以内の早い時期に発生することであると一般に説かれているが、これも、Rh式血液型不適合の場合には顕著であるといえるがABO式血液型不適合の場合には必ずしも右のような時期に発生するとは限らないことが知られており、むしろ生後五ないし八日に発生することが多く、新生児の生理的黄疸の増勢の時期とほぼ合致するとの見解もあつて、一般にABO式血液型不適合の場合の疾患の診断は容易でないとされ、疾病の進行が比較的急速であること及び脳障害の重大性と相まつて、常に早めの処置が必要であると言われる。

治療方法としては、近時光線療法がよく行われるようになつたが、なお予防的、補助的な療法という性格が強く、症状発生後は交換輸血が核黄疸を確実に防止する唯一の方法といえる(なお、フェノバルビタール等の薬剤による治療も試みられてきた。)。時機を失しないで交換輸血を行うことができればほぼ完全に核黄疸を防止することが可能であり、右手術に副作用(手術部位の組織の損傷、感染症、血液組成の不良化)を伴うこともあるが、その確率は一パーセント程度又はそれ以下である。

四以上のような本件の事実関係並びに本件疾患の原因、症状、診断及び治療方法を前提として、被控訴人に医療上の過失が存したかどうか、また、その過失が交換輸血実施の遅延及びその結果としての核黄疸を招いたかどうかを検討する。

1  第一子が交換輸血を受けたこととの関係

〈証拠〉によれば、ABO式血液型不適合に関しては、第一子に新生児溶血性疾患が生じた場合に第二子に同種の疾患が生ずる確率が通常より高いとはいえないことが認められる(原審証人黒部信一の証言中右認定に反する部分は、前掲証拠に照らし採用しない。)。しかし、既に母の血液型がO型であるというだけで、ある程度の発症の蓋然性が認められるのであるし、控訴人保代が第一子の経験から右疾患を懸念して被控訴人に配慮を求めていたのであるから、被控訴人としては、右疾患の発生に対し通常以上の注意を払うのが当然であつたといえる。

被控訴人は分娩前にクームステストを行つているが、前記のとおり右はABO式血液型不適合による発症の予測には役立たないものであつた。

2  一八日の黄疸の発生は、若干早めであるとはいえ、その時期から言つて、健康な新生児に生ずる生理的黄疸と区別することは困難であると思われ(〈証拠〉によれば、出生後二四ないし四八時間以内に発生した黄疸が早発性黄疸として特に溶血性疾患を疑わせるのであり、右時期以後に生じたものは生理的黄疸である可能性が大きいとされていることが認められる。)、これについて被控訴人が特に溶血性疾患を疑わなかつたことは過失とはいえない(もつとも、当審証人児玉和夫の証言によれば、被控訴人のした投薬は黄疸又は溶血性疾患に対して格別効果のあるものではなかつたと認められる。)。

3  一九日にイ値3.5であつたことは、通常の開業医としての医療設備上の条件等を考慮して慎重を期するならば、既に血清ビリルビン値の測定を依頼すべき状況であるとする見方も有りえようが、これをしなかつたことをもつて直ちに過失であるとはいい難い(この段階で右測定を依頼すれば交換輸血の適応が明らかになつた筈だとは断定できない。)。しかし、イ値3.5は血清ビリルビン値が正常値を超えている可能性がかなり大であることを物語るものであり(前記児玉証人の証言によれば、イ値3.5は平均的には血清ビリルビン値一二ないし一七ミリグラムに当たる。)、被控訴人としては、前記のように黄疸の発生が若干早いこと、イ値や血清ビリルビン値と並んで臨床症状が診断上重要であること、交換輸血の適期とされるプラハの第一期症状が一両日の短期間であることも考慮し、以後控訴人京子の状態を慎重かつ頻繁に観察すべきであつたということができる。被控訴人がこの日に二度しか控訴人京子の様子を見ていないことはその義務を尽くしたものとはいい難いが、これが後の交換輸血の遅延を招いたことを示す証拠はない。

4 二〇日、被控訴人が医院を少なくとも夜まで留守にし、かつ、夜控訴人京子を診察しなかつたのは重大な注意義務の懈怠である。すなわち、前記のように同控訴人は前日来警戒を要する状態にあり、慎重に観察して早めに核黄疸の危険の発生に備える必要があつたにもかかわらず、被控訴人はこれを怠つたものである。のみならず、二一日午前一一時三〇分ころ国立埼玉病院の黒部医師が診察した際プラハの第二期の症状が認められたこと、被控訴人が同日朝黒部医師に宛てて書いた紹介状に交換輸血の必要があるかも知れない旨の記載があること、控訴人京子を同病院へ連れて行つた控訴人正照が控訴人京子の朝の状態について特に顕著な異常を認めた旨の供述をしていないこと、前記のプラハの第一期の症状の継続期間と右症状が通常第一期の段階を経ないで直ちに第二期の段階に入るものではないこととに照らすと、二〇日中余り遅くない時期に控訴人京子にプラハの第一期の症状が出ており、交換輸血の適応を判定することが可能であり、かつ必要であつたにもかかわらず、被控訴人が外出等のため右症状を発見できなかつたものと認められ、証人橋本マキ子及び被控訴人の右認定に反する供述部分は措信し難く、他にこれを覆すに足りる証拠はない。被控訴人は二一日朝転医の手続をとり、その際交換輸血を行うことが可能かどうか確認することなく、これを実施できない国立埼玉病院に転医させようとしたため一層交換輸血の実施が遅れることとなつたが、プラハの第二期の症状の発現時期からすると、被控訴人が二〇日に交換輸血の適応の判定を行い、その実施のための措置をとらなかつた段階で、すでに交換輸血の時機を失したものといわざるを得ない。

5 以上のとおり、二〇日に医院を留守にし、控訴人京子の状態の観察をせず、この段階において交換輸血の実施に即応しうるよう転医の手続をとるべきであるのにこれを怠つた被控訴人の過失により、控訴人京子が核黄疸にかかり前記のような脳障害症状を生じたのであるから、被控訴人はこれによる損害を賠償すべき義務がある。

五そこで進んで控訴人らの受けた損害の額について検討する。

1  控訴人京子の損害

(1)  逸失利益

控訴人京子は現在一三歳であるところ、前記のように脳性麻痺による障害のため労働能力を一〇〇パーセント喪失した。一三歳の女子の平均余命が少なくとも控訴人ら主張の八〇歳までの六七年あることは公知の事実であるから、右障害がなければ控訴人京子は一八歳から六七歳までの四九年間原本の存在及び成立に争いのない甲第一三号証により女子労働者の平均収入額であると認められる年間二一八万七九〇〇円程度の収入を得られるものと認めることができる。そこでライプニッツ式計算により中間利息を控除すると、右逸失利益の現価は次の計算式により合計一六五一万七五五一円となる。

2,187,900×(19.2391−11.6896)

=16,517,551

(2) 看護料

控訴人京子は、前記障害のため生涯にわたり常時看護を受ける必要があり、その看護料の額は一日につき四〇〇〇円をもつて相当とする。ライプニッツ式計算によりその現価を計算すると、次の計算式により二八六一万〇八九〇円となる。

4,000×365×19.5965=28,610,890

(3) 慰藉料

前記の障害の程度に照らし二〇〇〇万円をもつて相当と認める。

(4) 弁護士費用

本件の損害の程度、訴訟の難易等諸般の事情に照らし七五〇万円をもつて被控訴人の不法行為と相当因果関係のある損害と認める(なお、控訴人らは弁護士費用の賠償総額は一三〇〇万円が相当であり、そのうち六〇〇万円が控訴人京子の負担すべき費用、七〇〇万円が控訴人正照及び同保代の負担すべき費用であると主張するが、右は、予備的に、控訴人間における右費用の分担関係について右主張と異なつた認定がされ、控訴人京子の負担すべき弁護士費用が六〇〇万円を上回る反面、他の控訴人らの負担すべきそれが七〇〇万円を下回る場合には、右一三〇〇万円の総額と他の控訴人らの負担すべき費用との差額の範囲内で、控訴人京子につき六〇〇万円を超える弁護士費用の発生を主張する趣旨を包含するものと解するのが相当である。)。

2  控訴人正照及び同保代の損害

(1)  慰藉料

右控訴人らは、控訴人京子の両親として、同人が前記のような重大な障害に苦しむようになつたことにより、その死亡の場合にも比肩するような甚大な精神的苦痛を味わつたものと認められるから、これに対する慰藉料としてそれぞれにつき五〇〇万円を支払うべきである。

(2)  弁護士費用

右賠償額等に照らし右控訴人両名に対しそれぞれ五〇万円をもつて被控訴人の不法行為と因果関係のある損害と認める。

六以上の次第で、被控訴人は、控訴人京子に対し金七二六二万八四四一円及びこれに対する不法行為ののちである昭和四八年九月二二日から支払済みまでの民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を、控訴人正照及び同保代に対しそれぞれ金五五〇万円及びこれに対する同日から支払済みまでの同じ割合による遅延損害金を支払うべきである。

よつて、控訴人京子の請求については、これを棄却した原判決を全部取り消したうえ、当審で拡張された部分を含めた同控訴人の請求を前記の限度で認容し、その余を棄却することとし、控訴人正照及び同保代の請求については、原判決中右両名の金五五〇万円の支払請求及びこれに関する付帯請求を棄却した部分を取り消したうえ、当審で拡張された部分を含めた右両名の請求を前記の限度で認容し、その余を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官丹野達 裁判官加茂紀久男 裁判官河合治夫)

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